はじめまして!
仕事も家庭も他人軸から自分軸に180度変わる
やさしいマインドリセットカウンセリングの「 なお 」です。
誰でも人生につまずくことはあるのではないでしょうか?

私はというと … ずぅ~っと、つまずきっぱなしでした。
人間関係、恋愛、仕事、友達、趣味に至るまで、頑張ってもうまく進めませんでした。
人生は受け身で、やり過ごすことが当たり前でした。
人生は自分次第、という発想が全くありませんでした。
どのようにして、「人生は自分次第」と思う自分になったかを、綴っています。
理不尽な環境や心のモヤモヤを抱えながら、「このままではダメだ」と感じているあなた、
「自分を変えたい 生活を変えたい 人生を変えたい」 と思っているあなた、
少しでもピンときたあなたへ、お読み頂けたなら光栄です。
自分の想いを言葉にできずにモヤモヤした幼少期
父と母と6歳上の兄と私の4人家族。
父はサラリーマン、母は主婦と、ごくごく平凡な家庭、何不自由なく仲良く暮らしていました。
私はおしゃべり好きで、じっとしていられない元気な女の子でした。
私が5歳になる頃、気づけば父は夜遅くまで仕事、休日も家を空けることが多く、私にとってはいないも同然になっていました。
兄は小学校に通い、夜は部活動、休日も家にいないことが多々ありました。
クリスマスなどのイベントでさえ、母と2人で過ごすことが多く、寂しい思いをしていました。
その上、近隣に住む祖父母宅に預けられることもしばしばありました。
母がピアノレッスンをスタート…まるで邪魔者!?「虚しい」「寂しい」孤独感
ある時、母は近所の子供たちを対象に、自宅でピアノのレッスンをスタートさせました。
レッスン生、その親御さん、母の邪魔にならないよう、別室に1人で過ごすことが多くなりました。
最初は楽しく1人遊びをしていましたが、徐々に
「 虚しい 」「 寂しい 」
孤独感が募り始めました。
無理に楽しもうとしている自分に気がつきましたが、
母は大変だから…
と思いを飲み込んでいました。

みんなでお出かけ…母をとられる!子供ながらの嫉妬心
母と母の友人3人とお出かけをした時のことです。
母の友人に母を取られる気がして、
嫉妬心 が湧いてきました。
優しく話しかけられても、終始不機嫌、イライラしていたのを今でも覚えています。
ガムを食べる兄 、「なんで私はダメなの!?」大ショック!!!
ガムを食べる兄の姿を見た私は、
「 私もガムが食べたい!」と言いました。
「 あなたはダメ!」と、母からの意外な言葉でした。
理由がわからなかった私は、
「 なんで私はダメなの!?」
と、酷くショックを受けたのを覚えています。
今となっては、「 幼いからまだ食べないでね 」という意味だったのだと理解できます。
その時は、「 自分はダメなんだ! 」と受け入れてもらえなかったように感じていました。
「おねしょ」したり「ゲーム」で負けると、母や兄になじられる…言い返したくても言い返せない!
これもまだ私が5歳頃の話です。
「 もうすぐ小学生になるのに恥ずかしい…おかしい… 」などと、
おねしょの度母に言われ、飽きられていました。
家族でボードゲーム遊びでのこと。
私が負けると母や兄から「 弱~い!」と言われていました。
「 おねしょは、したくてしている訳じゃないし…どうしようもないじゃん! 」
「 幼い子供に向かって、弱いとかひどい! 」
と思いながらも言い返せず、言われるままに受け取っていました。

小学校2年生でドイツへ移住…自分への止まらないダメ出しで憂鬱
小学2年生になってすぐ、父の仕事の都合で、家族4人ドイツへ移住。
初の海外生活がスタートしました。
「どうして私だけいじめられるの?」自分を責めつづける日々
初めて通う学校で、ましてや海外、近所に住む2組の兄妹と一緒に通学することになりました。
その2組の兄妹から、私の発言や行動をことごとく否定、笑いものにされるいじめが始まりました。
学校から帰るなり、
「 いじめられている自分は … みじめ、情けない、醜い 」
「 どうしていじめられるの?」
「 どうして私だけ?」
「 こんな自分はダメなんだ 」
「 こんな自分は嫌い 」
と頭の中でぐるぐる、悶々と自分責めの日々を過ごしていました。
褒めてもらいたかったはずが …責められる…思いを言葉にできずに1人反省会
アッと言わせる芸術作品が創りたくなり、どんどん閃くアイディア通り、大胆にもある絵本にハサミを入れていました。
それを見た兄が母に言いつけ、母と兄に
「 そんなことしてはいけません! 」
「 せっかくの絵本が台無しでしょ!? 」
「 大事なものは大事にしないと… 」
などと頭ごなしに怒られました。
私としては、
「 サプライズでみんなを驚かせ、スゴイと言ってもらいたかっただけなのに… 」
という思いでしたが、上手く言葉にできず、どもってしまいました。
後から母と兄からの言葉を反芻し、
「何であんなことやってしまったのか…」
「あんなことやってしまった自分はいけない…」
と自分を責めていました。

再びいじめで、フラッシュバック…想像を絶するダメージを受け、自分責めを繰り返す 中学3年生
中学3年生の時、同じクラスの男子2人から、誹謗中傷を受けるようになりました。
「 何が原因でこうなるの …? 」
小学2年生の時のいじめがフラッシュバックしました。
クラス全員が見ている前での誹謗中傷は、
想像を絶するダメージ
がありました。
またしても、自分を責め続ける毎日でした…。
「 反応するとおもしろがってエスカレートする 」
小学2年生で教訓を得ていた私は、ひたすら浴びせられる言葉を無視し続けました。
女子校で友人との決別 … グループ追放! 胸が締めつけられながら孤独に食べるお弁当
高校では、女子校に通っていました。
仲良くしていた4人グループの1人と、特に仲良くしようと必死になっていました。
常に彼女の顔色を伺い、1つ1つお伺いを立てるようになっていったのです。
私の疲労はピークに達し…
ついには、
怒り爆発…!!!
グループから追い出されてしまいました。
周りを見渡しても1人なのは私だけ、孤独にお弁当を食べることに…。
孤独感に胸が締めつけられながらも、大丈夫なふりをしていました。
私が彼女によかれと思ってやっていたことが、押し売りであったことに、後から気がつきました。

幼稚な彼氏!? 罰ゲームのような仕打ちで、人生初の円形脱毛症になった短大2年生
短大2年生でお付き合いをしていた彼は、酒乱、時々タイプが変わる人でした。
彼が機嫌を損ねると壁を殴ったりすることもありました。
機嫌が元に戻るまで、私がひたすらなだめ続けなければならないという、
まるで
罰ゲームのような仕打ち
を強いられていました。
お付き合いが1年を迎える頃、ストレスの限界で、とうとう円形脱毛症になってしまいました。
母の病気に振り回されること14年 … 疲労困憊の父と私
社会人2年目になる頃、母は双極性障害の診断を受けました。
ところが、母は病気を認めたくないようで、処方された薬を飲んでくれませんでした。
当然のことながら、症状が軽減されることはなく、気分の上がり下がり放題でした。
気分が上がる時は手に負えず、気分が下がる時は、誰か一緒にる必要がありました。
繰り返すこと14年 …
最も近くにいた父、次に近くにた私の2人は、疲労困憊 でした。
8回の転職を繰り返した、挫折と苦悩の社会人生活
幼い頃、嫌々仕事に向かう父の姿を見て育ちました。
出勤前、「しーん」とした静けさから、言わなくとも、「仕事嫌だな」という冷たい空気感が伝わっていました。
月収「8万円!?」自分の価値はこの程度だと思っていた新社会人
私が最初に選んだ職場は、
「 勉強しながら…」という名目ではあったものの、
月収「8万円 」でした。
週3日勤務のアルバイトより少ない報酬かもしれません。
今思えば、お金に対するブロックも去ることながら、
「自分をその程度の価値として、見ていたのだな」と感じます。

「 まだですか?」「 早くして下さい!」お客様に急かされて、自分を追い込んだ 社会人5年目 … 逃亡 … 川に飛びこむ!?
営業アシスタントとして働いていた社会人5年目、慌ただしい職場での話です。
私が専属でアシスタントをしていた営業マンが、長期休暇に入ってしまいました。
その間、1人でお客様相手に問合せや見積りなどの対応をしなくてはなりませんでした。
「 まだですか?」
「 早くして下さい!」
などのお客様の問合せに自分を追い込み、
息苦しさでいっぱいになりました。
逃避の衝動から職場を飛び出し、近くの川に行きました。
「 川に飛び込もうか…」との思いがよぎりましたが、
飛び込む勇気もなく、その場を後にしました。

まるで人格否定!? リーダーからの1通のダメ出しメールを受け取った社会人13年目
社会人13年目、とある職場での話です。
突然、チームメンバー宛てにリーダーから1通のメールが届きました。
中身を確認すると、名指しで、私宛てにダメ出しではないですか!
「 なんでこんなメール送ってくるの…?」
びっくりしたと同時に、
人格否定されたような気持ち
にもなりました。
あまりのショックで、何週間もこのことが頭から離れませんでした。
「 仕事ができない 」陰口を言われて、泣きながら過ごした昼休憩 … 社会人15年目
社会人15年目、とある職場での話です。
チームメンバー同士、仲良くやっていました。
なぜだか途中から、チームの2人がコソコソしながらも、私に対して聞こえる声で、
「 仕事ができていない 」
「 仕事をやらない 」
などと、言ってくるようになったのです。
「 仕事がちゃんとできていないのかな 」
「 仕事が遅いのかな 」
と思う一方、
何でいつもこんな風に言われてしまうのか…
「 人間的に欠陥があるのか 」
と思わざるを得ず、昼休憩では1人、泣きながら過ごしていました。

職場の雰囲気に馴染めず、悶々と過ごすこと3ヶ月 … 人生2度目の円形脱毛症
スタートアップ会社に就職したのは、社会人16年目の40歳でした。
職場の雰囲気、仕事の進め方、経験不足などでついていけず、すぐに離職を考えました。
入社したばかりで言い出せず、
「 何て言えばいいのだろう?」
伝えたところで、
「 言い含められるのでは?」
などと、悶々としていました。
3ヶ月経った頃、気がついたら…
人生2度目の円形脱毛症
になっていました。
9社を経験「ないない人生」どん底の私に一筋の光!? 1冊の本との出会い
「 仕事を楽しんでいる人 」
「 日々成長が目に見えている人 」
「 イキイキしている人 」
9社もの職場で多くの人たちを観察した結果、このような人がいることは事実でした。
それに引き換え、
「 自分の人生は、何でこんなにうまくいかないのだろう 」
人間関係も同じ悩みでうまくいかない
仕事も途中からうまくいかない
友達もいない
恋人もできない
趣味もない
ないものを挙げた方が早いくらい
ないないない…
人と比べれば比べるほど、気持ちは沈んでいくものです。
そんな時、素敵な本と出会いました。

「どうやったら、思い通りの人生になれるの?」の問いに引き寄せたライフコーチとの出会い
その本は、「 思い通りの人生を楽しめている人がいる 」事実を示してくれるものでした。
本の通りに行動してみましたが、思い描く人生に変化する実感はありませんでした。
「 どうしたら、そうなれるの…? 」
「 具体的な方法とは…? 」
と問い続けました。
すると、心理学を専門にしたライフコーチに出会いました。
その人から様々なことを学びました。
自分のできることから実践してみることにしました。
「自分の意見は言っていい、人に相談していい、人に頼っていい」ライフコーチの教えで乗り越えた最後の職場
最後に職場に就いたのは40歳でした。
チームメンバーに、口調と態度の強い人がいました。
ある時から、更に強さが増していました。連携して業務にあたるのが辛くなりました。
こんな時、今までの私であれば、
耐えるか職場を去るかの2択でした。
教訓やライフコーチの教えから、
「 自分の意見は言っていい 」
「 人に相談していい 」
「 人に頼っていい 」
とわかっていました。
チーム長の男性、チーム歴最長の女性の2人をつかまえ、自分の想いを伝え、相談しました。
話を聞いてもらったこと、支えられたことで、だいぶん気持ちが軽くなりました。
お陰様で無事に長いこと、この職場で働くことができました。

「仕事が認められる」「職場や趣味の仲間がいる」本来の自分へ
食事改善、運動習慣の見直し、行動量アップ、習慣づけ、思考の変換、感情との向き合い方、願望の深掘りなど…
たくさん学び、たくさんのチャレンジをしました。
ここ数年での具体的な行動としては、
イラストの描画や写真撮影の投稿、メルカリ出品販売、バンドメンバー募集、バンド活動、レコーディング、その他音楽活動、フライヤー制作、バンドライブ、MC、sns投稿、動画編集、YouTube動画配信、カウンセラーデビューなど…
色々なことにチャレンジすることで自信がつき、仕事も認められるように…!
人間関係に苦しみ続け、趣味もなく友達のいなかった私が、仕事仲間や趣味仲間と仲良しに…!
今では、出会って間もない人からも、
コミュ力高い と言われます!
明るく元気、活動的な
本来の自分 = 幼少時代の自分
に、戻ることができたようです。
「このままではダメだ」と感じているあなたへ、本来の自分で軽やかに生きてみませんか?

自分を大切にできないどころか、自分を大切にする方法すらわかっていませんでした。
思いっきり他人軸で、自分の人生を生きることができていなかったのです。
それも、自分の人生を取り戻すことができた今だからわかることです。
今度は私が誰かの
「 背中を押す番だ!」
と、心理学をはじめ、更に学びを深めました。
私にできること、それは「 変わる方法 」をあなたにお伝えすること!
繰り返される悩みに苦しみ、「自分を変えたい 生活を変えたい 人生を変えたい」
と思うすべての人たちに、自分軸で生きられるように全力でサポートします。
まずは、1歩踏み出すだけでいいのです。
本来のあなたの人生 スタートしませんか?
